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【世界旅ブログ】アジアの辺境・奥地へ

【中国版ディズニー】実写版ムーラン徹底考察

 

最初に

ディズニーより実写版ムーランが2020年に公開された。

不思議の国のアリス, 美女と野獣アラジンなどなど近年におけるCGをふんだんに活用してのディズニーアニメーション実写化の流れを受けた人気映画ムーランの実写版である。

今回この映画を鑑賞したうえでの考察を記す。

このブログでは前回中東移住記念のアラジン考察に続く二度目の映画感想記事となる。 

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ディズニー史

先にディズニーの歴史を大まかに辿ると, 戦前の草創期に白雪姫, ピノキオ, バンビなど初期作品を製作。

(後に漫画の神様と呼ばれる手塚治虫にも多大な影響を与えた)

1950年代にシンデレラ, ピーターパン, 眠れる森の美女などを製作して黄金期を迎える。

初のテーマパークであるカリフォルニアディズニーの開業もこの頃だ。

しかし,  1960年代ウォルトディズニーの逝去および1970年代にかけての初期アニメーター達の世代交代により, 人気は下落。

米国内でも終わったコンテンツとみなされるようになっていった。

 

特に1970年代のプーさん以降1980年代にかけてヒットを飛ばすことなくディズニーの財務状況は危機的状況に陥っていたと言われる。

(この暗黒期における目立った功績と言えば, 初の海外テーマパークである東京ディズニーランドの開業と成功だろう。ただ, 京成電鉄系日本企業であるオリエンタルランドへのライセンス方式にしたことは直接資本関係のないディズニーにとって大成功した割にはリターンの小さい失策だったともいえる。)

 

完全に過去の遺物とされていたのだが, この低迷したディズニーを復興させたのが1990年代のディズニー・ルネッサンス期。

CEOに就任したマイケル・アイズナーの剛腕によりリトルマーメイドアラジンライオンキングなどの名作を製作し, かつての栄光を一旦は取り戻した。

しかしながらその栄光も長くは続かなかった。

その理由は世界的なテクノロジーの進歩である。

ドリームワークスピクサーなど新興企業がCGアニメで台頭してくる一方, 出遅れたディズニーは2000年代に入り再び低迷。

CEOマイケル・アイズナーは責任をとって辞職することになったのだが, 次のCEOとなったのはTV局のADから叩き上げで上り詰めたボブ・アイガー

 

気難し屋で知られるスティーブ・ジョブズとの交渉を手掛けて2005年ピクサー買収に成功した。

ピクサートイ・ストーリーシリーズなどの製作を手掛けていたジョン・ラセターにはディズニー本体での映画製作も監督してもらうことで作品のCG化を推し進め, アナと雪の女王など大ヒット作を製作し, 再度のディズニー復興を推進した。

特にかつてヒットしたアニメーション作品をテクノロジーによる実写化は確実にヒットを飛ばせるためか, 既定路線になっている。

ボブアイガーは2020年に一旦辞任することとなったが, (任期より早かったためアメリカ大統領選出馬の噂も流れた)

コロナで危機的状況に陥ったディズニーを助けるため現在一時復帰しているそうだ。

 

www.amazon.co.jp

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ディズニーは香港ディズニーランドが既にある中で巨額のマネーをつぎこみ上海ディズニーランドをも中国大陸に開業しており確実に中国市場を意識して企業活動を行っている。

 

あらすじ

さて当のムーランだが, 欧米系のおとぎ話を元とした作品が多いディズニーでは珍しく東アジアの中国を舞台とした映画となる。

主人公ムーランは男子のいない家庭で育つのだが, 外国からの侵略者に対抗しようとした国が各家庭から男兵士を一人ずつ徴兵する令を出す。

家庭では唯一男性の父親も足腰が悪いため, ムーランが男のふりをしながら兵士として戦う物語だ。

ディズニーの流れの中では定番であった白人王子様に助けられるか弱きプリンセス像を打破し, 更にアメリカではマイナーな人種である主人公の強い意志を持って闘う女性像を描いた近年の方向転換を象徴する作品である。

 

とはいえ, 元のアニメが上映された頃はまだまだ人種問題に敏感ではなかったのか, 細い目のつりあがったいかにも欧米人がイメージしそうな黄色人種として描かれ批判も当時かなりあったのだとか。

 

世界観・場面

冒頭の場面では, この時代の中国がペルシャなどと品物を売買をしていた様子が描かれる。

つまりシルクロード交易の様子が描かれている訳だ。

砂漠が出てくるため, シルクロード沿いの砂漠となるとゴビ砂漠ということになるだろう。

 

そしてムーラン一家が登場する場面では福建土楼に家がある様子が出てくる。

しかし, この時点で違和感が凄い。福建土楼福建省客家の文化であり, ムーランの時代設定での国となる北魏の勢力圏ではない。

そのためムーランが守ろうとした国って何のこと?という感じになってしまうのである。

 

ムーランは客家人なのだろうか?

客家は商売のために国外へと移住するものが多いことでも有名であり現在台湾や東南アジアなどに多く華僑として居住している。

2021年にディズニーが初めて東南アジア系の主人公による映画を公開するそうなので, もしかして繋がっているのだろうか。

 

この辺りどうもディズニーが中国のインパクトのある景色を集めたという感じがしてならない。

近年インスタ映えスポットとして有名になった七彩山もムーランが女だと明かして, 追放されたときの場面で出てきており, とりあえず中国文化の見栄えがするものを集めたという感じがしてならないのだ。

ムーランの古代中国方式の化粧や纏足をイメージさせる場面, 軍事教練の際の太極拳少林寺拳法をイメージさせる様子も同様である。

 

それから場面の話で言えば, 途中地表面が黄色くなった山で魔女と対峙するのだが, あの黄色さは硫黄のとれる山で実際に見られる光景である。

インドネシアでブルーファイアが見られるとして有名なイジェン山が代表的な例である。

ただ映画でも実物と同様に大量のガスが出ているのだが, 本来あのガスは有毒の硫化水素であるため魔女はともかく人間のムーランは死んでしまうだろうと思ってしまった。

硫黄の山を場面に出したのは硫黄を原料として後に中国で発明される火薬をイメージしているのかもしれない。

そして雪山が出てくるのだが, 遊牧民との争いに何故雪山が?という疑問が沸き上がってならない。

シルクロード沿いという事は天山山脈なのか。

ここを避けてウルムチからトルファン辺りに入っていくルートもあっただろうに, 遊牧民がわざわざ不得意な雪山という地形を通ってくるのは何だかなぁと思ってしまう。

それなら中国のシンボルでもある万里の長城を出せば良いのにと思うのだった。

 

対立構図

実写版ムーランは香港の民主化問題で主役が中国政府寄りの発言をしたことや, エンドロールにウィグル弾圧問題の原因を作っている政府系団体が感謝されたりしたため政治的に批判を受けている。

www.nikkei.com

 

観る前は文化的な単なる映像作品が政治問題に巻き込まれて同情的な気持ちもあったのだが, 実際に映画を見て考えが変わった。

この映画では明らかに中国 vs. イスラム勢力を意識させる作りとなっている。

そもそも遊牧民との戦いなのにこの時代に既にあったはずの万里の長城が出てこないこと, また先述したシルクロードや雪山の描写から明らかに中国では定番のモンゴルあたりの北方騎馬民族というよりも西方からの武装勢力との戦いとなっている。

中国の西側となると中央アジア・中東文化圏である。

敵役が黒いターバンを巻いていたり, 中東によくみられるシャムシールという曲刀に似たものを武器として持っていることからも現在のイスラム文化圏を意識させる描写となっている。

(そういえばイスラム教の始祖であるムハンマドが生きたのも似たような時代である)

(敵役が忍者的アクションをみせるシーンがあるのだが, この考察を踏まえると忍者というよりもアサシンの語源となり, 中東に実在した暗殺教団をイメージしているのか?)

 

これらの描写は制作されていたであろう過去数年間, 中東をはじめとする世界中でISが跳梁跋扈していたのも関係あるのかもしれない。ISは世界中の政府から目の敵とされていたため敵役イメージとして設定しやすかったのだろうと思うのは考えすぎだろうか。

 

ともかくこの映画では中国 vs. イスラム世界を意識させるような作りになっているとしか思えず, 政治問題に発展したのもディズニーが自ら首を突っ込んでいったとしか思えてならないのだ。

彼らをかばう点があるとしたら, 今回新たに出てきた魔女役。

あえて魔女という架空の存在を敵側として出してきたのも, この構図を際立たせ過ぎないよう配慮したのかもしれない。

 

皇帝の威厳

後半にしばしば登場する皇帝

はっきりいって威厳をみじんとも感じられない

いや決して器の小ささを感じさせるわけではない。ただ中国の皇帝といえば覇王のような描写がしっくりくるのだが, ムーランに対する寛容な態度など, あまりにも名君すぎるのだ。

おそらく護衛の少なさや, 武具を身に着けたまま兵隊たちが王宮の間に入っていることがそう感じさせるのであろう。

最後の場面でムーランの部隊の仲間達でさえ, 皇帝とあまりにも近い距離で謁見していたりとあまりに存在が軽すぎる。

これも欧米における国王という存在の捉え方の延長線上におかれているとしか思えてならないのだった。

 

アクション 

馬上での速射戦や主人公が女をあかしてから衣服や髪を流しながら戦うのは見応えがあり個別のアクションそのものは良いのだが, 戦争のインパクトがあまりにも弱い。

騎馬隊の数も歩兵の数も少なく, これならおそらくよほど少ない予算で製作されたであろう実写版キングダムの方がよほど面白かった。

アクションシーンを魅せるために用意されたのであろう, 竹の足場の建築現場での決闘も王都での戦いとしてはどうも不自然過ぎると感じた。

  

美意識

そして何とも残念だったのが, 美的価値観。

アジア的な繊細な表現に乏しく, アジアを舞台としながらもその美意識は欧米の価値観の域を出ないものであったと思う。

後でオリジナルのアニメ版を一部見たところこちらでは色んなところに複雑な心境を淡い色で表現する描写があるのとは対象的であった。これが実写版を劣化させてしまった最も大きな要因になってしまっていると思う。

 

福建土楼での住民の衣服の色どりも雲南省からゴールデントライアングルあたりの少数民族が好みそうなビビッドな色あいばかりでわびさびの美しさは全くない。

映画の要所要所でムーランを見守る鳳凰もアニメ版のキャラクターのようにデフォルメ化されたネタキャラとして登場するわけでもなく, 真面目にフェニックスとして出てくるのだが, あまりにも直接的に描かれていて違和感しかない。

 

いやたしかに纏足をイメージさせる描写や古代中国の化粧などムーランが着飾るシーンに中国の美的価値観を反映したつもりなのかもしれないが, あくまで欧米人に対しても分かりやすい見た目のインパクトがあるものを表現したに過ぎないのではないかと思った。 

外国人にとって分かりやすくて興味をひきやすいものが強調され, 繊細さや奥ゆかしい美しさの表現がなく中国文化への理解が表層的としか思えてならないのだ。

 

(ちなみにムーランの影響により中国人の間で古代中国メイクが流行っているのだとか) 

www.youtube.com

 

同時期に発売されたpsゲームであるゴーストオブツシマに現実の対馬と異なる五重塔や豪雪地帯や茅葺き屋根の民家が描かれているにも関わらず黒澤映画に見られるようなアジア的, 日本的な繊細な美しさを描くことで非常に高い評価を受けているのとは対象的である。

biz-journal.jp

 

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結論として実写版ムーランはこけるべくしてこけたのだと思うのであった。

香港民主化の女神が罰ゲームでムーランコスプレさせられている様子の方がよほど面白いし, 彼女こそ現代のムーランかもしれない。

 

www.youtube.com

  

深海の沼津へ

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所用で名古屋へと訪問した折, 関東への帰りついでに寄り道してみることとした。

立ち寄る場所は沼津

以前にクレイジージャーニー深海生物ハンターが紹介されて以来, 沼津にある深海水族館に興味を持っていた。

しかも海鮮丼の美味しい街とも聞く。

 

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名駅の東側は流石の高層ビル群。

昔から地上は幅広な道路があることで地上よりも広大な地下街が発達したことで知られてきたが, JRセントラルタワーができて以降は地上もなかなかの盛り上がりを目指す。

特にここに入居する高島屋は名古屋発祥の松坂屋を筆頭として長らく4M(名鉄百貨店丸栄松坂屋三越と呼ばれた百貨店四天王の座に割って入り, 人気の商業地となった。

 

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そして街の中心とは反対側となる駅西口の開発も数年前と比べると大分進んできたようだ。

駅構内には名物のきしめんの立ち食い蕎麦屋も見受けられる。

 

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名古屋からは三島駅にも停車するひかりで移動。 

三島に到着したら一駅隣の沼津へローカル列車で移動。

すぐに来るはずだったのだが, 何やらホームを間違えていたようで気付いたら乗り過ごしてしまった

仕方ないので30分後の次の列車に乗って移動。

  

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沼津に到着。

駅ビルの背は小さくローカル感ある。

駅前ロータリーから多数のバスが出ていたが沼津港行きは一番目立つロータリーの真ん中から発着。

すぐ横には鉄道の車輪らしきオブジェ。

 

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トイレ休憩を済ませてしばらくまっているとやってきたのが, なんとソンテウのような乗り物が。

ソンテウタイやラオスミャンマーなどで見られる東南アジア代表ともいえる乗り物。当地ではシェアタクシーやバスなどとして活用されている。

こんなところで東南アジアっぽさを感じられる海外旅行気分を味わえるとは。

 

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しかもスピードが非常に遅い。どうやら電気自動車だったようだ。

20分くらいして沼津港で下車。

 

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すぐ裏手には港が。

お土産センターのようなものもある。

水族館がどこにあるのかとうろうろしていると, 通りの向こうにある港八十三番地という区画の中に発見。

 

 

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水族館だけでなく, 周囲も含めて雰囲気づくりしているようだ。

昔の港の雰囲気を再現する一角には海戦料理屋も入っていて, その隣にモダンな雰囲気の水族館が不思議とマッチする。

 

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この水族館外面がおもいっきり派手で, なかなか面白い設計だ。

 チケットを購入して中へ入ってみると, 深海生物たちがお出迎え。

 

 

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そうここ沼津が面する駿河湾は日本最深の湾なのである。

海岸線から2km離れれば水深は500mに達し, 最も深いところでは暗黒世界となる水深2,500mにも達する。

ここの目玉はなんといってもシーラカンス

剥製標本が二体展示されている。

 

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クレイジージャーニーでも取り上げられていた深海生物ハンターの石垣幸二氏は既に館長を辞めており現在は地元の水産会社の人間が館長を務めている。

www.bluecornerjapan.com

お土産は特に買わなかったが結構お洒落なグッズが多い。

 

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でも自分が気に言ったのはシーラカンスよりもメガマウスという深海に生息するサメ

ワンピースの魚人島編にでてきたポセイドン国王の飼い鯨であるホエに何となく似た愛らしさがある。 

 

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そしてViewOへ。ここは近年映えスポットとしても知られるようだ。

夜のライトアップと昼間にここから見える富士山が絶景だとか。

 

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この日は残念ながら天気がさえず, 富士山は見えずじまいであった。

それでも雲の下に富士山の裾野が広がる様子がみてとれた。

 

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東海道旅をした時にもみかけた千本松原

 

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生シラス, 桜エビ・・・。

最後に水産会社の経営する寿司屋で旅を締めくくるのであった。

tabelog.com

 

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【最後の最後でヒマラヤを見る】ヒマラヤ南麓横断旅19:ハイクしてから雲上のヒマラヤ

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以前にも乗ったバスに10時半頃乗り1時間ほどかけてバクタプルへと向かう25ルピー。

更にバクタプルで乗り換えてナガルコットまでいく。

 

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ナガルコットに到着。

 

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これから結構歩くので停車した目の前の売店でちょっと休憩。

 

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ナガルコットの中心部。

ここではバイタクの運ちゃんからよく声を掛けられる。

 

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道はほぼ坂。

子供達の通学も大変そうにみえるが彼らは至って元気そうだ。

 

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一通り街を見て回ったところでバスを降りた場所に戻る。

そこから少し道を下ったところから, コンクリートの車道を外れてトレッキング開始。

チャング・ナラヤンを目指す。

 

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残念ながらここにきてもヒマラヤは見えなかったが, 周りは絶景。

風の谷といった感じだ。

谷間のところどころに民家が散らばって建っている。

舗装されていない山道が中心だが, 道はならされていて結構人が通るようだ。

 

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基本的に下り坂である上に景色が良いので, 歩き続けるのは全く辛くない。

 

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道の先に地元の人達が集まっていると思ったら, 肉を捌いて取り分けているところだった。

 

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道の真ん中で大っぴらにやるのが許されるのもネパールの雰囲気ならではの事だ。

 

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更に歩を進めていくと・・

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家畜が行く手を阻む。

 

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家畜が道の真ん中を陣取るので, その横を遠慮気味に通過。

平和な光景だ。

 

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更に歩き続けいくと, チャング・ナラヤンまで半分ほどの地点でちょっとした集落に出てきた。 

 

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ここはフェディと呼ばれ, チャング・ナラヤンとバクタプルを結ぶバスも通る地点。

少し飲み物を買って休憩。

 

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フェディの先は少し登り区間があった。

先ほどまでの視界の開けた山道とは異なり, この区間は日本のような木々に囲まれた山道。日光が遮られて鬱蒼とした感じになるので少し圧迫感がある。

 

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途中途中に分岐点があるため道を間違えていないか不安になりながらも歩を進める。

 

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五色旗にも遭遇。

 

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木々の間の道を抜けると視界が開ける。

この日は天気も良く見晴らしがよい。

 

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下り坂になってから段々民家や道を歩く人の数が増えてきた。

 

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チャング・ナラヤンに近づいてきたころには常に民家や歩く人の姿が見える状態に。

ここまでくれば道を間違えることはないだろう。

 

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驚くべきことにこんな車も通らない山道に日本の支援で建てられた教育所があった。

 

 

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どうやら日本のNGOODAにより貧困女性支援のために建てられた教育センターのようだ。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000501611.pdf

www.icajapan.org

www.mofa.go.jp

 

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そしてチャング・ナラヤンへ出たところでバス停からバクタプル行きに乗車。

バスは17時半頃乗車して30分ほど35ルピー。

バクタプルに近づいてくると流石に交通量が増えてくる。

そして狭い道でトラックとすれ違う瞬間・・・!!!

 

まさかのバスのサイドミラーを持っていかれる!!

えぇーっと乗客も運転手も驚いたものの,

まさかの対向車のトラックは何事もなかったかのように彼方へと走り去っていった・・・

 

結局何もしようがなく, サイドミラーを失ったまま, バクタプルへと到着。

おそらく運転手はその後, 会社などへ電話したりと事後処理が大変だったことだろう。

自分はカトマンズ行きへと乗り換えて18時から1時間ほどバスに乗車25ルピー。

カトマンズへのバス車内では隣の若者が日本語勉強中らしく片言をしゃべることができたので話をして仲良くなり連絡先を交換した。

 

そして帰国日の翌朝空港へ。 

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カトマンズの空港は首都の空港とは思えないほど狭くて密度が高い。

飛行機がおくれていたようなのでなおさら人でごった返す。

 

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結局今回の旅で色々とビュースポットはあったものの結局ヒマラヤは見られずじまいであった・・・。

 

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ところが・・・。

飛行機が離陸してしばらく経ち機内も安定した頃・・・。

 

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機内にアナウンスが。

皆さま左側に見えますのがエベレストですとの事。

 

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なんとこの時偶然にも機内左の窓際席に座っていた

なんとラッキーだ。

泣く泣く見られず終るかと思いきや最後の最後に雲から突き抜けたエベレストの頂上付近を間近に見られることができるとは

今まで苦労した甲斐があったという事なのか。

こうして今回の旅も最後の最後でどんでん返しがあり帰路につくのであった。


 

 

 

 

【ネパールのスラム街】ヒマラヤ南麓横断旅18:スクンバシのスラム

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ジョッチェン通りから更に南下していき, 横断歩道のない交通量の多い大きな通りをなんとか渡ると, そこは下町感の強まるテクという地区

 

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この辺には自動車やバイクの修理店・パーツショップが大量にある。

 

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更に南下していくと, そこにはバラック小屋が建ち並ぶ川沿いのスクンバシ

 

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スクンバシとはネパールのスラム街

カトマンズでは空港周辺などにも大きなスクンバシがある。

www.mayamayanepal.com

 

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野犬や家畜が道端をうろつくのが当たり前のように人間が横を通り過ぎていく。

まとまりのない電線, 道端にものが散乱しているのに加えて, 人々の服装が極彩色なのもあいまって, ごちゃごちゃした雰囲気。

 

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建物が斜めっている。

これも地震の影響だろうか。

 

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生活感のある路地裏。

煉瓦で建てられた一階の上に木造のバラックが乗る。

 

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自分の場合は見つけられなかったが, 他の人の記事を見るに大きな歴史的寺院もこのテクガードと呼ばれる地区に存在するようだ。

www.mayamayanepal.com

 

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なにやら土木作業に使うセメントを作っているのだろうか。

肉体的に過酷な仕事ではあるが社会のためになる仕事があるというのは地域・そして国が貧困から脱出する上では非常に大事だ。

 

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スラムと言っても悲壮感はなく, 人々は前向きに生きているように感じられる。

ネパール人の純朴な国民性によるものなのか実際治安は悪くないというのが定評のようだ。

slumguy.info

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近くにあった学校。

 

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北上してタメル地区へと戻っていく。

 

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体感治安的には売人がうろつく夜中のタメルの方がよほど悪く感じる。

 

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ご飯は日本式カレー600ルピー。

UAEを拠点としており, なかなか手ごろな値段で美味しい日本食にありつけない事もあって, ついついレベルの高いネパールでは日本食に手を出してしまう。

 

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バスターミナルへと向かう。

 

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目指すはカトマンズと同じく世界遺産のパタン。

カトマンズのバスは色んなところから発着するためバスを探すのも一苦労。

 

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一番バスの集まるバスターミナルという名の空き地に来たものの目的のパタン行きが見つからずウロウロ。

その辺の警備員に聞いたところ大通りを指して50m程行ったところからバスが出るという。

移動しながら見つけたパタン行きのミニバスに15ルピーで17時頃乗車。

 

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30分程でパタンへと到着。

夕方で学校の終わる時間なので下校中の学生も多い。

 

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生活用水の水汲み場。

ここで洗濯などもしている。

 

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街中はやはり建物をつっかえ棒で支えていたりと震災の影響がみられる。

 

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石の台と煉瓦で作られたコートで卓球をする人達。

 

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世界遺産のダルバール広場に入る頃にはカメラのレンズがくもってしまっていた。

 

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ここの水場は身を清めると御利益があるとされているそうだ。

 

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18時半頃にカトマンズへと戻る。バスで15ルピー。

 

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韓国料理屋の石焼ビビンバ600ルピー。

 

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何度も言ったHimalayan Java Coffeeとも今夜でお別れ。

















 

 

【クマリ現る】ヒマラヤ南麓横断旅17:再びのカトマンズには神童

snowm-blog.hatenablog.com

カトマンズ郊外の渋滞で時間がかかってしまった。

バスの終点はカトマンズ中心部から離れているため途中のタメル地区北部の郊外のバス停で下車。

結局日も沈みかけた18時頃になった。

そこから適当に止まっている小さなスズキのタクシーと交渉して乗車。

350ルピーでタメルまで移動。

 

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まだコロナ危機が始まる前のタメル地区は旅行者や地元の若者が集まり人でいっぱい

 

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この日も以前に利用した日本人宿に宿泊。テラスにて優雅な朝。

 

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カトマンズ市内を徒歩でブラブラ。

タメルから南下していくと出るのがダルバール広場

ネパールの象徴だ。

 

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多くの観光客が来ていて, エリアに入る外国人は入域料を支払う必要がある。

1000ルピー。ただし, 係員が出勤してくる前の早朝なら払う必要のない曖昧な運用だ。

といっても地元の人達が大量に行き来する中から通りの横の小屋で見張るスタッフが見た目で外国人を見分けて徴収していた。

 

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広場には僧侶も。

そして有名なクマリの館へ。 

 

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建物内には入れないのだが, 中庭を見学することができる。

運が良いとクマリが姿を現すらしいのだが, 何とちょうどよくクマリが窓から姿を見せていた

写真を撮ろうかと思ったら周りにいた地元ガイドに止められた。

クマリは神聖な存在なので撮影はNGだそうだ。

 

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クマリとはネパールにおいて守護神のような存在で, 初潮を迎える前の少女から選ばれる

無病息災などの祈願, 予言をする役割があって, 館の守り人にお布施を渡すと窓から顔を出すので一緒に中庭に入っていた中国人団体観光客のグループがお布施をしたのかもしれない。

 

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敷地内にあった旧王宮

震災で倒壊したため修復中だったが一部見学できた。

入り口には衛兵が槍を片手に構える

 

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修復作業は中国の支援で行われているようだ。

そういえばネパールも一帯一路の恩恵を受ける国。

 

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ダルバール広場の隣にあるバサンタプル広場は青空土産市となっている。

 

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広場南のジョッチェン通り付近はタメルが栄える前にかつてバックパッカーが集まったエリアだそうだ。

若者の集まる有名なカフェで一休憩。

プリンとお茶で200ルピー。


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snowm-blog.hatenablog.com

【山間の町】ヒマラヤ南麓横断旅16:歴史街道宿場町


snowm-blog.hatenablog.com

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さてヒマラヤ山脈南部を西へ西へと移動してきた今回の旅だが, ここポカラで折り返し

再び東へと移動し, ゴールは首都カトマンズである。

昨日残念ながらヒマラヤを見られなかったため, 残りの旅で何とか一目見ておきたい

 

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朝ホテル前で拾ったタクシーでカトマンズ行きのローカルバス乗り場へと案内してもらった。

カトマンズ行きバスの乗り場がよく分からなかったためタクシーを使用。400ルピー。

 

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タクシー運転手に教えて貰ったローカルバスへと乗り込む。

200ルピー。

冷房の付いていないバスだが窓をあければ問題のないコンディション。

 

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そしてカトマンズまで行かず途中の街ドュムレで下車。

7時半に出発して降りたのが9時半頃。

 

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このあたりはインド方面へと続く交差点にも近く, 交通の要衝だけあって街はなかなか賑やかだ。

このドゥムレからバスを乗り換えてバンディプルへと向かってみる。

 

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先ほどのってきたバスもローカルな長距離バスだったが, これから乗るのは更にぼろい。

50ルピー。

 

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険しい山道をバスで登り到着した場所はなかなかの標高だ。

 

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街はこじんまりとしているがブラ歩きにちょうどよく, 石造りの建物の街並みからお洒落な雰囲気。

もともとここも山道の要衝だったが, ふもとにハイウェイが開通したおかげで一度は寂れてしまったそう。

ただそのおかげで昔ながらの面影を強く残し, 観光地として注目され始めたようだ。

 

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山の上とは思えないような古い建築物が並ぶ。

この現象は中山道の宿場町でありながら鉄道が付近に通らず開発から取り残された結果として古い街並みが近年人気を博する馬籠・妻籠と同じ現象である。

 

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街灯も良い感じ。

 

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街並みの中にはレストランやカフェ、ホテル・商店なども。

図書館もあるそうだ。

 

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自分たちの力で再建?

 

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町の広場へと行ってみる。

 

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到着。トゥンディケル広場という。

自分以外にも何人か観光客らしきグループが散歩していた。

 

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広場の隣には古道がある。

ここはかつてインドチベットを繋ぐ歴史街道であった。

なので歴史的にも非常に重要な交易路といえるし, その宿場町として発展してのがこの町だ。

 

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街中を行商が服を売り歩く。

日本の田舎と違って子供達が多くて, 街中でかくれんぼしていたりと, よく遊んでいるところを見かける。

 

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チェスをやっている村の人達。

何か絵になる感じだ。

 

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ネパールの紅茶。ジンジャーレモンハニーティー。50ルピー。

ほのかなジンジャーのかおりがする紅茶と思って頼んだら, しょうががまるごと入ったストロングなジンジャーレモンティーでやみつきになりそうな濃い味

辛すぎる場合は好みで蜂蜜を入れるそうで美味しい上に色々な味を楽しめるお茶であった。

 

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再びローカルバスに乗って山を下りていく。

 

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道中は絶景なのだが, オフロードをバスでのダウンヒルはスリル満点で全く飽きない。

 

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時折トラックなどの大型車両とのすれ違いは大変。

 

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再びバスを乗り換えたドゥムレに戻ってきた。

昼の13時頃。

 

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ここでネパール行きのバスを捕まえられるか事前情報がなく不安だったが, 心配する必要のないほどカトマンズ・ポカラ間のバスがひっきりなしに行き交っていたため全く待つことなくその辺で待機中のバスに適当に乗車。

500ルピー。

 

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車輛はツーリストバスだがローカルバスとして運用されていて冷房機能があるはずなのに, 何故か作動させてくれない運用

出発してすぐに昼食休憩があったが食欲がないため, 100ルピーでポテトチップスとオレンジジュースのみ購入。

 

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途中の渋滞。どうやら途中に事故かなにかがあったようだ。

国の根幹となる道路網だけに片道一車線だと少し不安だ。

 

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紅茶以外にはこの日は何も口にしていないので行商からアイスを購入。20ルピー。

アジアのこういった渋滞ではどこからともなく運転手や乗客に色々なものを売り歩く行商が現れる

もっとも彼らの存在で待ち時間中に飽きることなく過ごせるのだが。

売っている側からしても, こういった渋滞中が稼ぎ時なのだろう。

 

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バスの乗客たちは暑い車中で待つよりも外の木陰で皆休む。

 

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一時間程待ってからか, ようやく再開。

バスの一番後方に座っていたら, 地元の女の子が隣の席にやってきた。

 

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外の景色が何気なく眺めていると女の子が自由気ままに遊んでいて笑わせてくる。

こういうほっこりする感じの空気があるのはネパールの良いところ

 

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ポカラへ向かった時と同じ道を逆方向に進み, 山を越えて最終地点カトマンズへと向かう。

 

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谷間の川や村・田園地帯を眼下にして山の斜面に沿って進んでいく。

 

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日没前には到着するかと思ったが, カトマンズへと程近くなった頃に再びの渋滞

どうやら今度は交通事故ではなくカトマンズ市内の平日夕方の通勤ラッシュの影響が山まで及んでしまっているようだ。

 

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山から見るネパールの日没

結局今までヒマラヤは見られずじまい

このままで今回の旅が終わりそうだがカトマンズで数日あるので最後の望みにかけたい

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【チベット難民】ヒマラヤ南麓横断旅15:難民キャンプを訪問

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ダンプスの村の端っこで見つけたバスで山を降りていく。

バスはポカラ行きだ。

 

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しばらく山中の未舗装の道をゆくも途中からは舗装路に。

 

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途中チベット難民の村があったので途中下車して立ち寄ってみた。

 

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1959年のチベット騒乱によって流れてきたチベット難民。

インドネパールに最も多く流入しており, 特にポカラは4つもの難民キャンプがある街だ。

www.tibethouse.jp

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チベット仏教の象徴である五色旗タルチョーがそこかしこに。

 

思えばこの旗がタメル地区の象徴でもあり, 何ならネパールのガイドブックでもこれが表紙になっていることが少なくない。

そのためネパールの象徴にもなりつつあるといえる。

 

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お土産店が並ぶ通りもあっておばあちゃんたちが売っている。

 

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体育館のような場所に沢山の人が。

日本の災害時の避難所のような光景だ。

 

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隣には学校らしき建物もあった。

 

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青い建物は小学校のようだ。

 

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中学生たちが楽器に興じる。

 

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小学校の教室。

 

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子供達は皆元気。

 

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お寺。

難民キャンプとはいえ, なかなか大きい。

 

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僧侶用の宿舎もなかなかの規模でこの村では最も大きい施設がこの寺院だろう。

 

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寺院の周りには一軒家が建ち並ぶ地区も存在。

 

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ミシンで内職中。

チベット系の子供は親戚の子供のような感じで日本人そっくりだ。

 

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機織り工房。

展示用のようだが特に誰も中で働いてはいない。

 

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さてそろそろ帰ろうかなと思案していたところ前から何やら豪華な自動車がやってくる

 

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これがなんと結婚式の自動車であった。

 

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結局自動車に乗った人たちは先ほどの大きな寺院に入っていって式を始めたので, 降りたバス停に戻りポカラ行きのバスに再乗車。

20ルピー。

 

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ポカラまで戻ってからネットで評判になっていたカフェへと行ってみた。

 

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この辺りで採れた豆で煎れたコーヒーが飲めるようだ。

600ルピー。

 

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その後ご飯を食べてから街の中心部へと歩いて向かっていたところ, またもや花で派手に装飾された自動車と遭遇。

 

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中では結婚パーティーが開かれていた。

子供達が大人に踊りを披露。

 

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大人たちも途中から乱入してきて女性陣が皆に踊りを披露。

 

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日本食料理屋で冷やし中華

海外在住でなかなか食べられないのに加えて, ネパールは日本食が美味しいので毎日食べてしまう。

 

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ホテル。値段は確か1000円ぐらいだったかな。

 

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前日にも来たお気にいりのカフェ280ルピー。

そして日本式の拉麺。600ルピー程度だったろうか。

ネパールは日本食レベルがけっこう高い印象で海外在住者の自分はつい手を出してしまう。

 

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