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【エンジニア旅ブログ】アジアの奥地へ地べたを這う旅

【エデンの園バーレーン島】中東の真珠と石油:後編

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バーレーンのスーパーで買い物したところ公然とスーパーのレジ付近には一般の雑誌と混じって水着やセミヌードのグラビア表紙の雑誌があった。

これは中東圏ではなかなか考えられないことであるため海外の風土をとりいれて, あかぬけたこの国の実状を示しているものである。

 

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冒頭にリンクのある前編の記事では中東湾岸地域で最も早くから石油が見つかり欧米外資(巨大石油資本)が進出してきたためと記載したが, それだけでないのかもしれない。

バーレーンは遥か昔より湾岸地帯の主要産業であった天然真珠採取により水揚げされた真珠の取引拠点があった事からインド等海外の商人との交流も活発にあった事から海外文化を受容する文化的な下地があったからこそなのではないかとも思う。

 

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そんなバーレーンの歴史を巡るため島北東部に位置するムハラクを翌朝訪れた。

この町こそが真珠採取で栄えたかつての首都であり, 1930年代頃まで真珠採取・取引の最大拠点であったのだ。

 

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街中にはラクダのオブジェが。

しかし暑い。夏に中東地域を旅するのは完全に間違いであった。

体がほてって汗が体中をほとばしり, のどがからからなので道端のジュース屋で一服。

まるでサウナの中にいるかのようだ

 

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ラクダから更に坂を登っていくと図書館があった。

性教育の重要性を訴えたマララの本も蔵書されている。

流石に地域で最も開明的な国だけの事はある。

 

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そして旧市街ではかつての首長の家や真珠取引により栄えた一家の豪邸が残されている。真珠とり、島の経済を物語るものとして世界遺産にも登録されている。

 

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上の写真が当時の首長の家。下が豪商の家屋とそのモスクのミナレットである。

真珠商人シャディ一族の館は改修中だったようで中に入ることができなかった。

なおその後に真珠産業が衰退したのは世界恐慌御木本幸吉による日本の真珠養殖業が発展したためである。なのでこの地域の歴史と日本は関係深くもあるのだ。

 

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観光を終えてバスターミナルへ戻る途中何やら美術的空間に迷い込んだ

昨日訪れた歴史博物館でも見掛けたのだが, この国は現代美術に関心が高いのだろうか

 

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そんなこんなでバスターミナルからバスに乗り空港への帰路を進むのであった。

 

【エデンの園バーレーン島】中東の真珠と石油:前編

UAEからの飛行機でバーレーンに深夜到着。

ここで見かけたのはUAEで働いていたのか遊びに行っていたのか留学でもしていたのか分からないが, 空港で娘を出迎える母親

この母親がバリバリのアバヤ着用の保守的な恰好に対して娘は完全に髪を出していてしかもバニーちゃんのカチューシャまでしていてそのコントラストが不思議であった。

流石中東アラブ圏でも屈指の開明的な国である。

故に外国人に対しても偏見が少ないのが良いところでもある。

UAEではあまり見かけないのだが ,バーレーンでは街中でアラブ人と外国人が一緒に歩いている光景をちょいちょい見かけるのであった。
 


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空港からはバスに乗ろうかと思ったが, なかなか来なかったためタクシーに変更する。

これが驚くべき事にドライバーがバーレーン国民である。

いやバーレーンに来たのだからその国民が運転手をしているのは当たり前だろと思われるかもしれないがUAEなど石油が潤沢な国においては現地国民は肉体労働に従事する者が少ないためまずみかけない光景なのである。

しかも更に驚いたことにはぼったくって来たのである。

ドバイではそんなしょうもない小銭稼ぎのために民族衣装のカンドゥーラを着ながら嘘をつく者など全くいないので完全に油断してしまった

しかもこっちは純粋な気持ちでカンドゥーラドライバーと一緒に写真を撮りたくてお願いをしていただけなのにぼったくろうとしているという後ろめたさが働いているのか全然記念写真に応じてくれれない。

そして見事に倍近い金額をぼったくられてしまった。

(不思議な光景でテンションが上がってしまったあまりに応じてしまった)

 

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マナーマの隣町に宿泊した翌朝マナーマ市街を観光に行く前にまずはバーレーン南部へ向かってみる。

最初に訪れたのは石油博物館

今でこそ中東の湾岸地帯は世界有数の石油産出地域として知られるが, その最初の発見がこの島であった。

 

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向かっていく途中には鉄管など関連設備が広がる。

 

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そして到着したのがOil Museum

が、扉が完全に閉まって鍵がかかっている。

 

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周りにいた人達に聞いてところ

どうやら中へ入るには予約が必要であったようだ。

 

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仕方ないので建物の周りを少しだけうろうろしてから移動することとした。

でもタクシーでここまで来たのだがこんなところで放り出されても帰る手段がなかったからちょうど良かったかもしれない。

乗ってきたタクシーと交渉して短時間で済ませるからここで待っておいてもらうようにした。

 

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これが中東湾岸地帯で最初の油井だそうだ。

 

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これが掘削監督官の小屋。

その次には生命の樹へ。

中東の国へ寄ってからバーレーンへ行くとよく分かるのだが

この地域は砂漠ばかりなのにも関わらずバーレーンは自然に生えてるであろう樹木がよく目立つ

そして砂嵐も凄い。これもどうやらバーレーン名物のようだ。

 

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生命の樹を見学した後は首都のマナーマへ戻る。

マナーマへ戻っていく途中にはアルミニウム工場などもあった。

原油生産のみならず加工製品にも力を入れているのだろう。

 

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マナーマ市内にある国立博物館へやってきた。

 

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バーレーンの昔ながらの生活の様子が。

 

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カフェで一服してから市街中心部の市場へ向かう。

タクシーを拾おうと思ったのだがカーシェアリングが発達しているためなのか全然捕まらないので歩くこととした。

途中には日本食料理やなども。

 

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バーレーンの象徴でもある市場前のゲートへ。

バブ・アル・バーレーンというランドマークである。

多くの人がたむろしていて待ち合わせ場所になっているようだ。

 

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店は中東の衣装やランタン、絨毯などあったが, 十字軍を想起させる甲冑ベリーダンスのような露出度の高い服も売っているところが中東アラブ圏の中でも

あか抜けたバーレーンらしさを感じられる。

 

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こちらは土産物エリアではなく完全に庶民の生活のための市場。

トランクケースやスパイスなど種類ごとにある程度地区がまとまっているようだ。

 

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路上で店を開いている露店も。

 

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ポカリスウェットレッドブルのように無料で配布されていた。日本の飲料メーカーもこんなところでマーケティングしているとは見直した。

  

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おそらく無許可であろう闇市。モスク裏の路地にて発見。

経験上こういった場所は警察から隠れやすいのか宗教施設に隣接している事が多い気がする。

全然明かりのない路地にビニールシートを広げて売られている。 

売られているのは本当に売れるのか心配になるようなガラクタばかりなのだが価格が破壊的に安いのか人だかりができていた

なんやかんや観光スポット巡りよりもこういった地域に密着した市場巡りこそが旅の醍醐味でもある。

 

 

【ショッピングセンターが観光地?】ドバイモールと世界一美しいスタバ・・

ドバイの街には数々の有名ショッピングモールが存在する。

屋内スキー場が入っているモール・オブ・ジ・エミレーツ等様々あるが最も有名なのが世界一大きいショッピングセンターとも称されるドバイ・モールだ。

 

ドバイ・メトロに隣接しているため自家用車を持たない観光客でもアクセスが良い。

ドバイ・メトロの駅のデザインは写真のような形で全駅統一されているのだが, プラットフォームまでエアコン完備のため快適だ。

ただし一番先頭と後方の車両は女性や障がい者のための優先車両のため注意が必要。

 

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切符は一回一回購入してもよいがスイカのような交通系ICカードが使えるためチャージして使うのが便利。

車窓からはあちこちで建設作業が進められるドバイの都市開発状況を臨める。

 

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 世界一高いビルもあるブルジュハリファ駅で降りると空調完備の歩行者用通路がドバイモールまで繋がっていて, 動く歩道が延々と続く。

 

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ドバイモールに入って飲食店の小店舗エリアを抜けると目の前にはどこかで見たような店が。

派手な看板の下には日本発の大型書店である紀伊国屋書店がある。

ここは中東エリア各国から書籍を求めて客がやってくる店で紀伊国屋の売り上げ店舗ランキングでも本店や大阪・シンガポール店に次ぐ店舗だそうだ。

 

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 中には地元の偉い人が執筆した自伝が平積みに。最近の売れ筋のようだ。

アラブ語の本もあるがメインは英語の書籍だ。

そして一部には日本語書籍も販売されているので日本人在住者にとっては大変ありがたい。

 

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ついでにフィギュアやマンガやぬいぐるみ等も販売されている。

 話によるとドバイはシンガポールをライバルとして意識していたため, ドバイ政府からシンガポール店の1.5倍広い店舗をという依頼があったそうだ。

そして来年にはドバイの隣のアブダビにも紀伊国屋書店が開業予定だそうだ。

 www.sankeibiz.jp

 

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他にも日本系のベーカリーもあって地元の人達にも人気の様子。

 

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外へ出ると高層ビル群の手前に噴水広場が。

 

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ちょうど噴水ショーをやっている時間帯であった。

そのため多くの人が暑い中外へ出てショーを眺めている。

そしてその後ろにそびえる世界一高い人口建造物であるブルジュ・ハリファを見る。

が、これがあまりに高すぎてカメラの枠にはなかなかおさまらないのだ。

 

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ドバイモールには中央部にドバイ水族館もある。

ギネスにも登録された世界一大きい水槽がある事で有名だ。

 

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水族館は二つの場所に分かれていて, チケット売り場に隣接する一方を見終えるともう一方の施設への行き方を案内してくれるのだが, 英語を理解できなかったのであろう中国人観光客グループが道が分からず難民と化してウロウロしていた。

 

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ドバイメトロに乗って次にやってきたのはイブン・バットゥータ駅。

イブン・バットゥータというのは中世イスラム世界の有名な旅行家である。

この駅前にイブン・バットゥータ・モールの入り口がある。

 

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ペルシャコートに始まりモールの各エリアは当時彼が訪問した国々をテーマとしている。

 

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インドコートではバランスの悪そうな象がお出迎え。

 

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中国コートでは派手な木造船が。

どれだけお金がかかっていることやら。

 

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エジプトコート

 

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そして最後に世界一美しいスタバへ。

ここは何故か日本人の間で有名なスタバの店舗だ。

といっても全体がスタバのものではなく壁や天井はショッピングモールのもので周囲に複数の他店舗があるため独立店舗という感じではない。

それでも日本人には人気があるようで自分が滞在していた間にも何人も日本人客をみかけた。

実際これだけのために来るのは微妙だが, このショッピングモール全体が非常に面白い施設なのでスタバも含めて訪ねてみるのが面白いだろう。

 

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【魅惑のアラビアンナイト】アラジン公開記念・中東編が始動

これまで東アジア・東南アジアを中心としてアジア東部の旅を記載してきたが, ドバイを拠点に南アジア中近東などの旅も始めたのでアジア東部のみならずアジア西部の記事をもどんどん綴っていく予定だ。

 

今回はその第一弾。

ディズニー映画アラジン実写版の公開を記念してアラビアンナイトの世界を紹介。

場所はUAEの首都アブダビきっての観光名所であるシェイクザイードグランドモスクである。

 

ここはアブダビ空港のすぐ近くにある。アブダビへはドバイからバスターミナルのあるアルグバイバ駅やイブンバットゥータ駅からバスで2時間程で来れる。

終着のアブダビバスターミナルからはタクシーや市バスに乗ってモスクまでやってくることができる。

(ドバイからタクシーだとかなりの料金になるがドバイ・アブダビを結ぶバスは山手線クラスの頻度で発着するのでとても便利

料金も2時間乗車して750円程度と良心的だ。

 

車で来る場合には地下駐車場に止めることとなる。なおモスク周囲には沢山のゲートがあるが, 空いているのは一部なので一周ぐるりと回って入れるところを見つけなければならない。

  

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モスクと言いながらも地下はショッピングモールのようになっている近代的空間。

イスラム教モスクとして世界的に有名なのだが, トルコサウジアラビアウズベキスタンといった国の有名モスクとは異なり古くからあったわけではなく比較的近年に建てられたものだ。

それだけに宗教建築の優雅さと近代的な洗練されたデザインが融合された施設であるかと思う。

 

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エスカレーターを使って地上へ出ると夢のような美しさのモスク。

ここへ訪れるのは断然夜がお薦め

そもそも昼間は暑くてゆっくり見るのは相当しんどいし, 比較的涼しくてライトアップもされている夜がベストな訪問時間だろう。

時間も夜10時頃まで開いているから閉館時間を気にする必要はない。

(ただしイスラム教にとって大切な金曜日は変則的なので注意)

もしくは暑さに丈夫な人や冬季間であれば日没前の白と青空のコントラストや夕暮れ時の眺めを楽しむのも良いだろう。

 

一緒に地上へ出てきた人達がたまたま同じ日本人であった。

そのまま地上を歩いて向かっていき門の前まで来た。

ただ入り口を見つけられないでいたところ係員に観光客は地下からのルートで入らなければならないという事であった。

どうやら地上から入っていけるのはムスリムの人達のみで, さっきの地下空間がモスクまで繋がっていたようだ。

 

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さっきの場所まで戻り地下通路を進んでチケットを入手。

チケットといっても入場は無料である。

更に無料で服装まで貸して貰える。

短パンやスカートはNGで女性はスカーフもしなければならないが, 無料で借りられるから心配は不要である。

 

 

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動く歩道エスカレーターで奥へと移動していく。

モスクの地下にこんな施設があるのは宗教的価値観を基本としながらも近代的な便利さを兼ね備えるUAEならではかもしれない。

 

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長い通路を抜けて地上へ出てみると, そこにはモスクが目の前に。

間近で見るとより幻想的な空間だ。

まさしくアラビアンナイトの世界観である。

 

さて下の写真はどこでしょう?

 

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正解はトイレ

あまりに豪華でそうとは思えなかったかもしれないが, 最初の写真は足を洗う用の蛇口

イスラム圏ではお祈り前に足を洗うのでトイレに併設されている事が多い。

 

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ところでモスクの名前にもなっているシェイク・ザイードというのはUAE建国の英雄の名前だ。

元々UAEはイギリスの植民地ではないが保護領のような扱いとなっていて, 1970年代に建国されたばかりの新しい国である。

砂漠のベドウィン文化の国でもあったから各地の部族でバラバラだったところをアブダビの首長であったシェイクザイードドバイをはじめとする各首長や砂漠の部族達を説得してまとめあげたのがこの国の成り立ち。

 

砂漠のオアシス地域での農業振興石油生産から得た現金収入を国内インフラ投資に振り向けた事で国の発展の礎を築いた人物でありこの国ではとても尊敬されている初代

UAE大統領である。

 

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ところでアラビアンナイトと言えば最近ディズニーが公開した実写版アラジン

ウィル・スミスランプの魔人ジーニーを演じた事でも話題となった。

映画アラジンがどこを舞台とするかは諸説ある。

アラビアンナイトという名称からはアラブ地域でありそうなものだが, おおもとの古典である千夜一夜物語ペルシャの物語だし, ランプの魔人の物語の舞台は実は中国である。

 

ただ, ディズニー脚本の映画アラジンでは明らかに中国の街中とは異なるオリエンタルな雰囲気。

王様がスルタン(日本語訳ではサルタンとなっているが)と呼ばれるのもイスラム世界の特徴である。

といっても映画冒頭の市場にいる人達の服装など見ると頭はスカーフで隠しているものの中東の人達が身に着けるものよりよほどカラフルでインドのビビッドな色合いの世界観である。

街の名前がアグラバーであることから, やはりタージマハルもあるアーグラがモデルなのだろうか。

アニメ版の冒頭に出てくるターバンをかぶった商人もインドにおけるシーク教の特徴である。

インドではシーク教徒は商人として活躍するものが多いことでも有名だ。

 

www.youtube.com

 

ただ不思議なのはこの人がいきなり冒頭でアラビア語でこんにちは(サラーム)と挨拶するところだ。インド・イスラム文化圏全域が舞台となっているのかもしれない。

 

確かに有名なドュエット曲であるアホールニューワールドでも空飛ぶ絨毯に乗ってエジプトやギリシャのような場所を飛行する描写がありイスラム世界の影響を受けた様々な地域を取り入れたものなのかもしれない。

ギリシャオスマン帝国イスラム帝国の一部でもあった)

 

また今年公開された実写版アラジンではアグラバーが港町になっているなどインドのアーグラとは異なる特徴もみられた。

 

帆船が出てきたが, これはよくみると帆が三角形。

ラテンセイル型と呼ばれるアラブ世界で使われてきたダウ船の特徴だ。

中東やアラブというと何かと砂漠とラクダのイメージで語られるが, 実際には湾岸地帯では天然真珠の採取が主要産業であった非常に海と関連の深い民族である。

ダウ船は海のラクとも呼ばれ, 季節風に乗ってインド洋を東西に, 西は東アフリカから東はマラッカ海峡付近までアラブ商人が航海していた。

実際タンザニアザンジバルオマーンが統治していたし, インドネシアアチェには中東系の人が古くから住んでいるのだ。

自分が実際にアチェを旅した際にも現地で目の青い人に遭遇したのである。

インドネシアでもアチェは宗教色の強く, また美人の産地として知られている。 

 

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 また実写版に出てきた冒頭のランタンはラプンツェルのオマージュなのだろうか, ランタン祭りなら台湾やタイのチェンマイが有名でアラビアンなイメージは特にない

ベンガル湾に面するミャンマーイスラム教徒が多数のバングラデシュにも似たような祭りがあるようだが, これも仏教のお祭りなのでアラジンに出てくるのは少し違和感があった。

ただランタン自体は中東でも身近なものであり, 特に断食(ラマダン)明けのお祝いのシンボルとなっているのでこの期間はUAEの街中至るところで見かけられるし, 観光客向けの土産物屋にも沢山並んでいる。

 

それから実写版のア・ホール・ニュー・ワールドでもアグラバーを飛び出して様々な場所の上空を飛行しているがアニメのようにはっきりとエジプトやギリシャと分かる場所はでてこなかった。

 

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途中の動物達が出てくる夜景はライオンキングを彷彿とさせるものだ。

ライオンキングはスワヒリ語が出てくる事から東アフリカが舞台と思われるが, もしかしたらこれも東アフリカにまでイスラムアラブ文化圏が歴史的に強く影響を及ぼしたことを意味するのかもしれない。

先述したようにタンザニアザンジバルをはじめアラビア半島沿岸部からスワヒリ海岸までアラブ圏の影響下にかつてあった。

 

また後半で棚田のような場所が出てきているが, 人工的なものには見えないので自然にできたものと考えると, これはトルコにあるパムッカレをイメージしたのではないかと思う。ここには温泉の出る石灰岩段丘が有名なのだ。

結局のところ舞台とする国は一つではなく, かつてインド洋全域に影響を及ぼした中東イスラム・アラブ文化圏を広くイメージして作られたのかもしれない。

 

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豪華なシャンデリアはスワロフスキー製だ。

ここには世界最大のペルシャ絨毯が敷かれている。

アラブ圏はイランのペルシャ文化圏とは歴史的に対立してきたが, UAEカタールバーレーンなど中東湾岸地帯では経済交流は活発に行われてきた側面もある。

そのためペルシャ絨毯はやはり高級なものとして認識されている。

 

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ちゃっかりとお土産屋が設けられているあたり商売上手なUAEらしさであった。

 

 

【夜中のマニラで彷徨う】夜の市街にタクシーから放り出されて

今回は縦断横断旅ではなく単発でフィリピンの首都マニラを訪問。

マニラのニノイ・アキノ国際空港にやってきた。

ここは世界最悪とも称されている悪名高い空港だ。

一昔前には勝手に荷物を運んでチップを要求してくるなどお金をせびろうとする輩で溢れていたらしい。

最悪なケースだと荷物の中に銃弾など違法なものを忍び込ませた上でグルとなった警察官と摘発しようとして賄賂の支払いを迫ってくるなんて話もあった。

  

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なので到着時は最大限の警戒心を持っていたのだが, 結局誰から話しかけられる訳でもなく, というより空港内が閑散としていて何事もなく到着エリアを通り抜けてしまい肩透かしを食らってしまった。

帰国時に空港へまた来た時には入り口前が大勢の人で溢れてカオスだったのでターミナルや時間にもよるのかもしれないが, 近年は汚名返上すべく改善傾向にはあるようだ。

 

後で割高だと知ったが, この時は何も知らずタクシーらしきものも見当たらなかったので一番安全なクーポンタクシーを使用した。

後で聞いたところによると空港内あるGrabカウンターでタクシーを手配して貰うのが一番安くて安心な移動方法だそうだ。

 

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市内中心部へ向かうと街中ではジプニーが沢山走っている。

この中型車輛のバスであるジプニーは気軽に利用できる庶民の足なのだが, 観光客が利用するには行き先がよく分からないのでハードルが高い

タイにおけるトゥクトゥクベトナムシクロインドネシアベチャ、インドのリクシャーのような国の象徴のような乗り物でもあって市内のどこへ行っても見掛けた。

 

そんな街中を走って1時間程か, マラテにあるホテルに荷物を置き, 両替所へ向かうがてら街中をブラブラする。

 

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ひとくくりにマニラといっても世界遺産の旧市街イントラムロスや程近い古くからの繁華街エルミタマラテ, そして新しい繁華街マカティタギッグなどに分かれていて, ここは比較的古くから街のあった観光客の集まる地域である。

路地では路上生活者の姿もあった。

日本から一緒に来た友人曰く数年前にスモーキーマウンテンワンピースのルフィの故郷のモデル)と呼ばれる一大スラム街が取り壊された結果, 行き場を失った人達で街中が溢れてしまったのだそうだ。

実際, 歩いていると小さな女の子にお金をせびられた。

発展途上国を旅していればこうした場面は珍しくないため, 旅行者はどう対応するか自分なりにルールを設けなければならない。

場所によってはお金をあげたとしても地域の悪者に召し上げられているだけの事もあるし, ストリートチルドレンに見えても実は母親が傍で見守っていたりする事もある。

またカンボジアアンコールワットでは安易にお金を上げることで子供達が働くことの意味を知らずにお金をせびる事だけ覚えて育ってしまい学校へ行かずに貧困のスパイラルから抜けられなくなるため金銭を与えないよう警告する看板を見かけた。 

 

こういった事情から自分も普段はお金はあげないようにしているのだが, 体形を見て本当に食べていけているかどうかを判断し, 本当に良くない栄養状態にあればお金ではなく食べ物という形であげることにしている。

今回は子供とはいえ体の線があまりにも細すぎた状態だったため, 近くの屋台でご飯をおごってあげた。

 

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そんなこんなで繁華街中心部にある両替所を探してようやく辿り着くと, お金を取り扱うだけあって拳銃どころではなく立派な銃を構えた警備員により守られている。

これほど安心するものもないが一歩外に出ればどれだけ危ないというのだろうか、、、

マニラは治安も非常に悪くて地方の人達はマニラには行きたがらないとも聞いた。

だが最近ではドゥテルテ大統領就任により改善傾向にはあるそうだ。

 

ドゥテルテ大統領は人権問題で海外の団体から批判を受ける事もあるが, 確かにこの場所に自分もいると危険を感じながら緊張感を持って生活を続けていくことのしんどさを旅行者なりに共感できるし, 一方で少しでも治安が良くなる事の有難みがよく分かる。

 

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両替が済んだ後にはタクシーを捕まえてショッピングモールへ移動。

モールオブアジアというフィリピン最大級のモールだが, ここは流石に安心できる空間であった。ゲームセンターは地元のフィリピン人で大変混雑している。

アジア人は総じてゲーセン好きが多いが, フィリピン人はその中でも特に好きな気がする。

 

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フィリピン地元のコーヒーチェーンであるBo's coffeeで少し休憩。

またフィリピン産の豆で造られたコーヒーを飲むことができる。

フィリピンはコーヒー豆の産地としても知られている。

特にバラココーヒーと呼ばれる銘柄はインドネシアコピルアクと並んで世界トップクラスの高級コーヒーだ。

店内はよくあるコーヒーチェーンと同様の形式だが, フィリピン人の人柄もあって会計して出てくるのを待つまでの間にも英語でコミュニケーションをとろうとして来るのはお国柄だろうか

 

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モールオブアジアの隣にあるフェリー停泊所へ。

翌日は太平洋戦争の舞台ともなったマニラ湾のコレヒドールへ訪れる予定だ。明朝向かうためのチケットを購入しておく。

 

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そして夕方友達との待ち合わせ場所であるマカティへ向かう。

下の写真完全に空が真っ黒だが実際に出発したのはまだ日が明るかった夕方頃。

だがマニラは特に平日の朝と夕方とてつもなく渋滞する街で2時間くらい乗車していたにも関わらず目的地までの半分も進まなかった。

 

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運転手が色々と裏道を駆使して近づいて行ってはいたものの遂にあきらめたのか, 俺が行けるのはここまでだとか言い出す。

いやいやまだ半分も進んでないじゃないかと揉めるが, もうこの渋滞の中運転していったら何時間かかるか分からないし, 結局あきらめる事とした。

 

だが, まだ土地勘も分かっていない状態の中でいきなり訳も分からない場所に放置されるのは不安でいっぱいだ。

人がうじゃうじゃ沢山いて車もひっきりなしに通るにもかかわらず街灯が全くなく人が良く見えないので黒い中モゾモゾと何かが動く異様な雰囲気であった。

別のタクシーを捕まえようかとも思ったが, この状況でわちゃわちゃ動くのは危険と判断。

ただ幸か不幸か降ろされた場所をよく見まわすと鉄道駅を発見した。

 

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切符を購入して待つこと十五分程。

やってきた電車に沢山の乗客がなだれ込む。

 

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車内はまるで東京の通勤電車の様相だ。

目の前に男性がいたので暫く気付かなかったが, どうやらここ女性専用車両に乗り込んでしまったようだ。

でもこの状態では下手に動けないのでこのまま乗り続ける。

あらかじめインストールしておいた旅人必須アプリのMAPS MEによるオフラインマップを見て現在地を確認しながら宿泊場所に近そうなパコ駅で下車。

 

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ここの駅前には高山右近銅像が建っていると聞いていたのでついでに探してみたのだが, どうにも見つからない。

高山右近大坂(高槻)のキリシタン大名だったが豊臣秀吉の禁教令によりマニラまで移住してきた戦国大名だ。

だが結局マニラは元々街灯が十分にない上, 公園には全くついていないので全然どこにあるのか分からずじまいであった。 

 

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仕方ないのであきらめてホテル方向に戻るためのタクシーを捕まえようとするのだが, それも全然捕まえられなかった。

しょうがないので暗く鬱蒼とした夜の道を歩いていく

雰囲気はかなり悪くてゴミが散乱して犬がうろついている他, 身なりのよろしくない人も結構うろついていたので早歩きで抜けていった。

そして20分程歩いたところで小さな市場のような場所に辿り着いた。

光に明るく照らされておりどうやらここまで来れば安心のようだ。

だが後で地元の人に話を聞いたところ本当は夜は歩いてはいけないエリアだったそうだ。。。

 

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地元のファーストフードチェーンであるジョリビーで一旦休憩。

店内は子供達が遊びはしゃいでいる。

マラテ教会の前には噴水公園があって体操をしている人やダンスの練習をしている人達の横でホームレスらしき人達が寝転がっておりカオスな状態だ。。。

 

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その後ホテルに帰って休んでいたのだが, 22時頃頃に友達からの電話があり, 今から飲むから来てくれとの事。

いやさっき行こうとしたらタクシーに途中で降ろされて大変だったんだという話をすると今の時間なら渋滞もないし, 流しのタクシーではなくGrabを使ったらよいというのでホテルのWi-FiでGrabを使ってみたが, これが滅茶滅茶快適。

料金が決まっているため流しのタクシーのようにぼったくりがあり得ないし, 待っている間もタクシーの現在地をお知らせしてくれる。

 

結局夕方は何時間経っても辿り着けなかった場所には数十分で到着した。

このマカティは官庁街や外資系企業のオフィスが多数ある新市街で高級ホテルなども立ち並ぶエリア。

 

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危険なマニラの中にあって治安の良いエリアでも知られている。

地元の若者が夜遅くまで飲んでいるテーブルに混じって一日の疲れを癒す。

なかなか強烈な初フィリピン体験であったが, 最後には無事に英会話の先生だった現地のフィリピン人友達とも合流してほっと一息ついたのであった。 

オールドマニラと違って治安の悪い雰囲気も全くなくて日が変わるまで楽しめた一日であった。

 

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【呉の軍港と江田島の旅】後編

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呉の博物館をあとにして隣の港へと移動。

切符売り場でチケットを購入して江田島行きのフェリーに乗船する。

なかなか立派な船であった。

  

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中は学生や地元の人達が乗船していたが広々とした空間となっていた。

移動中は呉湾に停泊する巨大な船舶や造船所を眺められる。

その中には外面を壁と屋根に囲まれた戦艦大和の造船所もある。

 

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江田島小用港に到着。

港から海上自衛隊の学校へバスで移動した。

 

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ここが海軍兵学校

上の写真が現役の幹部候補生学校の宿舎。そして下が大講堂である。

大講堂は立派な施設でかつて世界三大士官学校に数えられただけのことはあった。

マイクがなくても館内中に声が届くような設計となっている。

坂の上の雲の撮影にも使用されたそうだ。

 

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本当は海に面したここが正門

船で来てここで降りて来校するのが正式な入場だそうで閣僚が訪問するときなどに使われるそうだ。

そして教育参考館にも訪問。

ここは資料館となっており印象的な展示は多かったが内部は撮影禁止であった。

遺書などデリケートなものが多く脱帽・撮影禁止となっている。

下写真は建物前にあった特別潜航艇である。

 

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ツアーが終わり旧海軍兵学校を後にしてバスに乗ろうとすると学校生を沢山見掛けた。

港からは呉行きではなく広島港行きのフェリーチケットを購入する。

  

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呉行きよりだいぶ小さめの船に乗船。

人数は多く入れなさそうだがその代わりスピードはなかなか出た。

 

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広島港に到着。

ちょうど夕暮れ時で海が奇麗に。

客船だけでなく産業用の船が盛んに行き来する活気ある瀬戸内海の雰囲気を味わえた船移動であった。

 

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ここから愛媛県の松山行きなども出ているようだ。

港がまるで駅のようである。

内陸出身の自分には不思議な光景だ。

 

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路面電車に乗って広島の中心街へ。

修学旅行では来なかった広島の繁華街に初めて入ったが, 洗練された空間というよりは昭和の雰囲気を色濃く残す街の空気感であった。

 

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夕食はもちろん名物のお好み焼き。

たまたま見つけた行列店に入ってみたが, どうやら有名店だったようで味は絶品。

カウンターの目の前で焼いてくれるスタイルも食べる前の時間を楽しむことができてより一層美味しく感じられる。

 

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翌朝は路面電車に乗って移動。

路面電車が中心部を頻繁に走るので移動が楽だし, 壁で隔絶された電車と異なり街中の様子がそのまま目に入って来るので乗っていて飽きることがない。

 

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最後の広島駅では地元企業のカルビーのお菓子をお土産に購入。





 

【呉の軍港と江田島の旅】前編

浴び 虎狼の血この世界の片隅にの舞台となり近年話題になった広島県呉市

 

ここはかつては戦艦大和の造船所であった海軍工廠のあった地として知られた。

またお隣の江田島にもかつての海軍兵学校がありイギリスやアメリカのものと並んで世界三大海軍兵学校と称された。

 

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広島球場を横目に新幹線で広島駅へ到着。

駅のホームでは海外からの観光客らしき人達が一斉に新幹線の写真を撮影する。

Hiroshimaは世界的に知名度も高く原爆関連施設日本三景の宮島があるため訪れる外国人が多いのだろう。

在来線の呉線に乗り換えて呉駅へ向かう。

 

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呉までは広島湾沿いに走るため景色の良い区間が多い。

呉に近づくと造船所群も臨める。

かつて戦艦大和を建造していた頃は電車内から見られないよう車窓が板で覆われていたのだそうだ。 

造船の島だけあって呉駅前にはスクリューのモニュメント。 

 

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標識に従って大和ミュージアムへ向かうと何故かショッピングモールの中を通過する事になる。

店の中にも標識があるのでどうやらこれが正式なルートのようだ。

店を出ると目の前には大きな博物館の建物が道路に面して二つあり, 一方の前には巨大な潜水艦が展示されている。

左が大和ミュージアム(海事博物館)であり右が海上自衛隊呉史料館である。

 

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チケットを購入して博物館に入るといきなり戦艦大和の1/10模型が。

この博物館の象徴である。

建物内にはこの巨大な模型を中心に建造当時の時代背景が理解できる展示がされている。

 

例えば下記の展示は第二次世界大戦より更に昔の石炭焚きの様子。

かつては蒸気機関車のように船も石炭を燃料にして海上を移動していたが, 固体燃料の取扱いや効率性の問題から第二次世界大戦の頃には重油焚きに変更された。

国内で沢山産出していた石炭ではなくなったため日本を燃料を海外に求めざるを得なくなったのだ。

これは欧米列強による石油禁輸措置後の日本の南方侵攻の大きな要因となった。

 

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他にも戦闘機などの展示物も。

近年では沈没した戦艦大和の海底調査が実施されていて沈没した大和の一部を再現した特別展示も行われていた。

 

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また興味深かったのは戦後の広島県に与えた影響である。

海軍工廠は当然ながら戦後その役目を終えたが, 当時超エリートも集まった海軍工廠の技術者, あるいは戦前に下請けしていた呉市周辺の企業では彼らの培った技術力が広島県の戦後復興において大いに活躍したそうだ。

 

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特に戦後の呉の造船所にて活躍したドクター合理化こと真藤恒アメリカ式合理主義と旧海軍工廠の技術を合わせた革新的なブロック工法により世界中の造船業を席捲し, 造船業は戦後急成長した日本を代表する花形産業となった。

彼は戦争直後のアメリカの造船企業の呉造船所そして石川島播磨重工業ことIHIにて活躍した。 

その辺りの事情は下の本に詳しい。

 

www.bunsobunko.net

 

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また原爆からの復興ではマツダ三輪自動車もその象徴である。

戦時中は海軍の指定工場として軍需物資を供給したが, その後は自動車産業に進出して三輪自動車, そしてロータリーエンジンの開発成功により世界的に名をあげた。

売り上げ台数こそ他の日系メーカーと比べて少ないが, 今でもエンジン開発技術において高い評価を得ており稀有な地位を有するモーターカンパニーである。

 

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