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【世界旅ブログ】アジアの辺境・奥地へ

【台湾製糖業の廃墟】台湾一周旅その四:台糖

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屏東から鉄道を乗り継いで台湾製糖博物館の最寄り駅へとやってきた。

 

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駅からはもう台糖の高い煙突が見えている。

歩いて向かっていくと途中には灯篭のようなものがあったりして興味深い。

 

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そして台糖に到着。大きく糖の文字が正面ゲートにあしらわれている。

 

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中の建物内には新渡戸稲造の胸像。

武士道を著したことで知られる新渡戸は農学研究者でもあり台湾総督府後藤新平の招へいにより台湾での農学技師を務め, サトウキビの品種改良などを通じて台湾糖業発展の基礎を築いた

 

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かつて使われた秤などが展示されている。

 

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敷地内には第二次世界大戦時の防空壕も敷地内にあった。

 

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元工場。

観光コースとして使えるよう古いものを保存しながら歩くコースを設置したりと改造が施されている。

 

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工場内部の設備はかなり錆び付いている。

当然ながら大きな機器の下には危ないため入ることはできない。

 

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巨大なポンプ。

 

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天井のクレーンには安全第一の文字が刻まれている。

 

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コントロールルームもかなり劣化が進んでいる。

 

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中ではプロのモデル撮影も行われていた。

廃墟感があるのでPV撮影などにも使われているようだ。

 

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糖業の企業にも関わらずガソリンスタンドまでやっているようだ。

 

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敷地内には有名な太鼓チームの練習場もある。

 

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列車が展示されているのはかつて製糖鉄道が台湾を走っていたからのようだ。

 

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【霧台からの帰り道に軍人村】台湾一周旅その参:屏東を散策

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霧台からの復路。

途中途中の町で見かけるのは見渡す限りの檳榔の赤い看板。

檳榔とは噛みタバコ

そういえばミャンマーなどでもよく見かけた。

仕事で運転する長距離ドライバーが主な顧客とするのは共通しているようだ。

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屏東はメジャーな観光地ではないが, 乗換とはいえせっかく訪れた場所なので街中を散歩してみることとした。

 

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市場。名前が黄昏市場というお洒落なネーミング。

  

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屏東には勝利星村創意生活園区, あるいは眷村と言われる第二次世界大戦後に国民党政府と共に中国大陸から台湾へと渡ってきた軍人たちの住んでいた地区がある。

また彼らが住んだ建物は戦前の日本統治時代に建てられた大日本帝国の軍人達が住む日本様式の建物でもあった。

 

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そしてこの地域がその歴史的背景や建築デザインを特徴として文化活動観光開発されているのだ。

 

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この時は建物の中でどうやら文学活動が行われている模様だった。

パンフレットを渡されたが, 台湾語のため中身はよく分からなかった。。

 

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歩いて駅前まで戻ってきて市場を散策。 

市場は細い道路に沿って屋台が建ち並ぶ。

ただここの市場はこの細さにも関わらずバイクがひっきりなしに歩行者の横を行き交うため危なっかしくてしょうがない。

 

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パチンコ

台湾にもパチンコがあるようだ。しかも看板が平仮名であった。

 

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【台湾原住民の結婚式】台湾一周旅その弐:山奥の霧台にて美しい教会結婚式

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この日は山奥にある秘境霧台へ行ってみることとした。 

早朝に起床してフォルモーサこと美麗島から台鉄の高雄駅へ。

券売機でチケットを購入しようとすると, 全然電車がなく霧台へのバスに間に合わない事に気付き, 愕然とする。

あ, 特急と普通の列車で発券機が分かれているのね

バスが出る屏東駅までは各駅停車でもそんなに時間はかからないので特急の必要はない。

しかし, 周りを見回しても普通切符の券売機が見当たらない。。

しょうがないから乗換でここまで来る際にみかけた券売機まで戻る(この駅は何故か改札まで券売機から距離がある)

無事に購入して向かうともうすぐ電車が発車するようだ。

走って改札に飛び込み, 何とか各駅電車に乗り込むことができた。

 

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とはいえ, この電車がいつ到着するのか分からない。

ドキドキしながら車窓を眺めていると7時30分頃に屏東へ到着。

急いでバスターミナルへ向かう。

大型のバスターミナルを建設中だったため現行バスターミナルの位置が大雑把にしか分からない状態だったが, 無事にローカル感強めなバスターミナルを見つけることができた。

窓口のお姉さんに聞くと15分後に出発するとの事。

 

バスターミナルは古びているが, バス自体は立派な車両が発着している。

 

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ちゃんとしていてよかったと一安心。

しかし40分頃にバスが来たと思ったら, すごいぼろかった。

一番に乗り込んで待っていると, おばあちゃんと若い女性が搭乗。

元々霧台は台湾原住民であるルカイ族の村であり立入禁止地区であった。

今でも入山者の名簿を提出しなければならない。

 

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バスに乗車してから名簿に名前などを記入したが, 台湾語など分からないので, とりあえず住所などを日本語そのままに記載しておいた

特に問題にはならなかったので, どうやらそこまで厳密にチェックはされていないようだ

後ろの若い女性がおばあちゃんと会話していたので地元の人だと思っていたが, 後で話を聞いたら日本人であった。

 

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1時間以上走って到着。

バス停は特段大きな建物もない坂の途中にあった。

バス停前のカフェのような場所ではお茶会をしているおじいちゃん達がいた。

伝統衣装らしきものを着ている人もいる。

村はこじんまりとしていて素朴な様子。

 

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壁に描かれているように民族衣装が村の文化の象徴のようだ。

高台の広場からは眺望が良い。村の標高の高さを感じる。

 

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広場の横には土産物屋台と博物館がある。

 

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博物館の中では民族衣装を着た人達の写真展がやっていた。モデルは色鮮やかな衣装や装飾具を身に着けていてなかなか見応えがあった。

 

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そして隣に村の学校

校庭は小さ目だが校舎はなかなか立派。

 

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小学校の入り口のところが結婚式会場として準備されていた。

会場や入り口は風船や花で飾り付けられていてウェディングフォトも用意。

どうやら今日ここで結婚式が催されるようだ。

 

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山の方へ行くと斜面に沿って建ち並ぶ民家が美しい

観光客らしき散歩中の人にも時折すれ違う。

 

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外れの方の少し登ったところは墓地になっていた。

カフェで休憩。コーヒーは地元でとれた豆を使っているとのことで美味しいかった。

後で調べたところ霧台はコーヒーの産地としても台湾では知られているのであった。

 

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着飾った女の子も散歩中。何故かスクーターに乗りこむお茶目さ。

アジアでは若いうちからスクーターに乗る人も多いが, 流石に早すぎる

 

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遠くから見えた教会のほうへと向かっていくと民族衣装を着たグループがいた。

 

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教会に到着。

漢字だけでなく英語ハングルでも表記されているあたり宣教師が入ってきて布教した感じだろうか。

アジアの辺境地ではよくあるパターンだ。

 

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しかしこの石の教会はなかなか絵になる美しさ

こんな辺鄙な村にこんな素敵な建築物があると思わなかったのでびっくりだ。

でも後でよく見なおしたら日本で見た台湾旅行キャンペーンにもここの写真が掲載されていた。

 

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民族衣装を着た人達が続々と教会にやってくる。

どうやら先ほどから民族衣装を見かけていたのは今日この教会で結婚式が執り行われるからのようだ。

しばらく待つと神輿のようなものにかつがれて新婦がやってきた。

西洋式のウェディングドレスと伝統様式のマッチングが面白い。

 

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正面入り口から新婦が父親のエスコートで入場。

民族衣装に身を包んだ父親による娘のエスコートが非常に格好良い

 

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結婚式では一般的なキリスト教式の結婚通り讃美歌結婚の誓いをたてながら進んでいく。

 

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村中から人が集まってそうな勢いだ。

外のテラスでは村の子供たちが遊んだりしている。

 

最初に訪れた学校敷地内の結婚式会場はこの後の披露宴的なもので使われるようだ。

帰りのバスの時間があるのでそこまでは見届けず霧台を後にしたのであった。

 

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しかし, たまたまとはいえほんの少し前までは立ち入る事さえできなかった辺境の村新郎新婦が祝福されている良いところを見る事ができた

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【京成線全面運休で飛行機に間に合うか?】台湾一周旅その壱:衝動が抑えられずに高雄へ

ある日スカイツリースタバでコーヒーを飲んでいると

眼下には台湾フェスティバルの光景が広がっていた。

 

興味を抱き行ってみると・・・ 

 

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美しい台湾の色に彩られていた。

 

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どうやら台湾への旅行を誘致するための催しのようだ。

同じ期間には上野公園での台湾祭りや観光EXPOもやっていたから一連のキャンペーンの一環なのだろう。

 

そういえば長澤まさみが出ているCMもやっていた。

 

www.youtube.com

 

その次の週末・・・

 

午後休を取得した金曜日に台湾に向かっていた!

 

出発3時間前に最寄りの駅へ向かう・・・

 

 

そして駅で知らされる衝撃の事実!

京成線は全面運休です, という構内放送でのお知らせ・・・

 

京成、全線運転見合わせ 復旧未定、スカイライナーも運休

flyteam.jp

news.livedoor.com

 

 

学生時代に青春18キッパーをやっていたから路線図は人より頭に入っていたはずだった。

しかし, 思い返すも東京と成田を繋ぐ別の路線は思い当たらない。

 

携帯で色々検索するも詳しい情報は分からない。

どうやらこの日は昼間からずっと運休だったようだ。

 

自力の解決は無理とあきらめて, 駅員に尋ねる。

すると, 錦糸町から成田空港行きに乗れと。

 

はてそんな路線あったっけかなと思いながらも駅員の言葉を信じて錦糸町へ行く。

 

そして駅に着いて電光掲示板を見るも・・・ そんな電車はない!!!

(厳密にはあるのだが本数が少なく時間もかかるよう) 

 

こりゃどうしようかと困っていたが, 成田空港へ繋がっているのは京成線だけじゃなくJRも乗り入れているはずだという事を思い出す。

乗換案内に表示された通りに上野駅へ向かう。

 

 

 

そして錦糸町から秋葉原で乗り換えて上野駅へ行く。

着く頃には, もうフライト二時間前が迫っている。

 

 

上野駅で駅員に尋ねると確認するからちょっと待ってくれとの事。

 

不穏な空気を感じつつも仕方なく待っている

嫌な予感は当たり成田行きの特急は今でていないとの事であった。

 

www.keisei.co.jp

 

よくよく考えれば, 上野から出るスカイライナーも京成線の路線を通るため,

京成線が全面運休である以上出ていないのは当たり前なのだが,

この時はそんな事まで頭が回らず, 何とか空港までいく方法を必死に考えていた。

 

 

電車が使えない以上は道路を通って行くしかない

タクシーで行ってしまう事も考えたが, 今回のような近場旅行では旅費よりも高くなってしまいそうで予算を考えたらタクシーは使えない。

 

しかし, そこでバスがあるという事を思い出した。

上野駅周りで調べるもここからは出ていないようだ。

まぁ普段は成田空港行きの特急がここから出ているのだから, わざわざバス路線は設定されていないのだろう。

 

スマホで調べると東京駅からバスが出ていた。

 

 

これが最後の手段!と急いで東京駅へ向かう。

 

山手線に乗っている間にバス乗り場を調べて頭に叩き込んでおく。

 

 

そして到着した瞬間にダッシュ八重洲北口向かう。

この時の駅の構内放送でスカイライナーとは別に成田エクスプレスという特急があった事を思い出したが, どうやら予約でいっぱいのようだった。

 

駅前の交差点を超えて, バス乗り場へ向かうとそこにはつづら折りになった長い行列が。 

並んでいたおっちゃんにチケットはどこで買うのか聞いて並ぶ。

 

目の前に止まっているバスに前に並んでいた人たちが乗り込むのだが, 順番がまわってくる前に満員になる。泣

次のバスの出発予定は30分後

 

 

こりゃもうだめか・・・

と絶望するも, どうやら今日は臨時バスも出動してひっきりなしに出ていたようで

すぐに次のバスが来た

 

このバスの満員直前にギリギリ乗り込むことができた。

しかしまだ安心できない。1時間で着けば何とか飛行機30分以上前には到着しそうだが, バスが遅れる可能性もある。

 

渋滞していないことを祈りつつ, 着いたところで, おちおちカウンターでチェックインしている暇も無さそうなので, 初めて使うWeb Check-Inを試してみる。

 

これは意外と簡単で, フライト番号とパスポート情報さえ手元にあれば, それを入力するだけですぐに完了する事ができた。

 

空港には何とか40分前ぐらいには到着した。今回預ける荷物がない。すべて機内持ち込みだ。

だから空港へバスが着いた瞬間にチェックインカウンターを通り過ぎてすぐに手荷物検査へ

 

 

運よくすいていて直ぐに保安検査を通過する事ができた。

出国審査も既に自動手続きの登録をしていたから列に並ぶこともなくバーコードをかざして指を押し当てるだけで一瞬で通る事ができた。

 

 

 

そして飛行機の出発に無事に間に合ったのだ。

バスを降りてから出国まで計5分ぐらいだ。

 

空港ってこんなに早く済ませる事ができるのか!という事実にショックを受けつつも, やっと安心して搭乗待ちする事ができるようになった。

自己ベスト記録を塗り替えることから始まった今回の旅であった。

 

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飛行機に乗ってから台湾までは早い。

気づいたら眼下には高雄の綺麗な夜景が見えていた。

上から見ると港を中心に発展してきた街である事が分かる。

港のあたりの光の量が非常に多いのだ。

 

空港へ降り立つと, ここは空港というよりも, どこかのバスターミナルのような雰囲気

 

夜に到着したからというのもあるだろうが, 人も閑散としているし, どこかわびしい雰囲気だ。 

(この後に知るのだが, 高雄の新幹線駅の方がよっぽど近代的な雰囲気で空港らしかった。台湾では日本と同じぐらいに鉄道文化が隆盛しているような気がする。)

 

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駅から電車に乗って中心部のゲストハウスへ向かう。

台湾では駅をはじめとして様々な場所で何故かマスコットキャラクターにも遭遇する。これも日本と似た雰囲気だ。

 

 

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ゲストハウスの最寄り駅である美麗島

この駅の美しい天井は高雄の象徴でもある。

駅の別名はフォルモーサ

大航海時代ポルトガル台湾島をこう呼んだのだそうだ。

 

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ゲストハウス最寄り駅には大きな夜市が。

ここは通りが広くて人はたくさんいても歩くのに不快さはないから歩いていてとても気持ちが良い

やはり台湾といえば夜市の食べ歩きである。

 

こうして無事に台湾に到着して旅を始めたのであった。

 

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【神奈川のお台場?】横須賀沖の猿島へ

とある日の朝, 横須賀を訪問した。

目的はフェリーに乗船して猿島に渡る事だったが, 到着時には既に長い長い行列が。

日露戦争の戦艦三笠が保存され海戦を指揮した東郷平八郎銅像が立つ三笠公園を横目に列に並ぶ。

 

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列には100近く並んでいた印象だったが, ハイシーズンだったためかフェリーが時刻表と関係なくピストン輸送をしていたようで30分は待たずに乗船。

大きくはない船にのりこみ出航した。

隣の桟橋には自動車輸出用であろう大型カーフェリーが停泊。

 

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もはや海外で船に乗る機会の方が多いので, 日本で船に乗ったのは広島の呉を訪問して以来だ。

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島のビーチを眺めながら猿島へと到着。

桟橋から歩道橋を通って島内へ。

入り口の売店にてかき氷。

 

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猿島幕末に東京湾を守るための砲台場が日本で初めて作られた島である。

今フジテレビのあるお台場と同様に台場だったのである。

 

島内の岸壁を掘って煉瓦で覆われた要塞跡国の史跡に指定されている。

当時の煉瓦製法では温度などが均一でなかったため結果として色にばらつきがあり外観の特徴となっている

 

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島には海水浴客も多いのだが, 釣り客も多い

桟橋とは反対側の岩場が釣り人のエリア。

 

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小さな海水浴場に人が詰めすぎてあまりゆっくりはできないようだ。

 

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最後は横須賀カレーでしめる。

有名なベンガルという横須賀中央駅に近いカレー屋にておふくろの味ともいえるようなほっと安心するカレーは絶品であった。

 

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【バクーのスラム街】アゼルバイジャンの旅最終話:風の街のキャラバンサライ

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現地の友達からかつてアゼルバイジャンのファベーラと呼ばれていた場所があると聞いてその場所にいってみた。

ファベーラとはブラジルはリオデジャネイロの世界的に有名なスラム街である。 

近代的な建物の建ち並ぶ今のバクーの光景からは想像し難いものの, 独立前のソ連時代には石油生産量も現在からすれば少なく貧しかった。

豊かになったのはここ二十年程の話なのである。

 

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28May駅から移動。

 

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地上を走る鉄道のチケット売り場。

電光掲示板に発着予定が出ているのだが, もの凄い長距離路線もある。

隣国ジョージアの首都トビリシロシアのモスクワ, さらにはウクライナキエフ行きなんかも。

 

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バクーの地下鉄は旧ソ連であったことを象徴するかのような深い深い地下鉄豪華な内装の駅

 

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バクーのバスターミナルがある駅で降りる。

 

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大きなバスターミナル。

ここからは国際バスも発着している。

 

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何軒か聞いて回ったところジョージア経由でのイスタンブール行きとイランのアゼルバイジャン地方にあるタブリーズテヘラン行きのバスが多いようだ。

値段は忘れてしまったが, 飛行機に数千円程度と非常に安価であったと思う。

 

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また地下鉄で移動してNizami駅へ。駅名はこの国で有名な詩人の名前が由来

どうやらここの地下鉄駅は地名よりも国の記念日や著名人を名付ける事が多いようだ。これも旧ソ連の名残りかもしれない。

 

ここは目指している場所の最寄りである。

駅から目指す場所へと向かっていく。

 

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確かに奇麗な建物の多いバクーにしては道路幅が狭くて建物も古い感じである。

 

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団地感のある居住区。

 

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話に聞いたところ壁の向こう側にかつてのスラム街が以前あったそうなのだが, 新しい道路を敷設する際に取り壊していて住民は丘の上の高層アパートに引っ越したのだとか。

ただ, 壁のこちら側にはかつての雰囲気が少し残っているのだろうか。下町感が漂っている。

それでも古い街並みに高級車が駐車しているのがバクーの面白いところだ。

 

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こんな車も通れないような路地が網の目状に広がっている。

曲がり角や行き止まりも多いので方向感覚をすぐに失ってしまう

途中小窓で営業しているこんな小さな売店もあった。

 

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どうやら子供達の遊び場に出てきてしまったようだ。

カンフーの真似事を仕掛けてきたので, こちらもそれっぽいポーズを繰り出して応戦。

FCバルセロナのユニフォームを着ている子供が多いあたりサッカーが人気のようだ。

 

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こちらが壁の反対側のかつてスラム街が広がっていたエリア。

道路が敷かれるそうだ。

 

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広いエリアの更に向こう側のエリアへと入っていく。

ここはもうバクーの繁華街にも程近いが, やはり古い町並みと細く曲がりくねった路地裏が残る。

 

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そしていつの間にかモスクに出てきた。

 

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更に南下していくと段々とバクーの繁華街エリアへと入っていく。

 

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趣のあるレストラン。

 

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そしてバクーで一番有名だろう昔ながらの市場へとやってきた。

名前をTaza Bazarという。

 

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手前に日用雑貨。奥に食材関連の店があるようだ。

 

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イスラム教圏では猫が神聖なものとみなされている事も手伝ってか, 野良猫も堂々と道端に居座っている。

 

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この国で気になるのはやはりキャビア

カスピ海キャビアの産地であり, 世界三大珍味にも数えられている代物だ。

キャビアチョウザメの卵なのだが, チョウザメが減少している事もあって漁獲制限などもかかっている。

そのためここ数十年で値段が高騰し, かつては日常的にパンなどと一緒に食されてきたキャビアも庶民が日常的に手を出せるものではなくなってきている。

 

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ただ現地の友人曰く, 一方で法の目をかいくぐって密漁されたキャビアが市場に安く流れることもままあるそうだ。

 

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アゼルバイジャンの旅も今回で終わりである。

コーカサス地政学でもとりあげられることの多い地域でジョージアアルメニアの二か国にもいずれ訪れてみたいと思う。

 

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【石油の国の泥火山と拝火教】アゼルバイジャンの旅後編:古代神話を巡る旅

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バクーから南部の泥火山世界遺産のあるゴブスタン

石油の国だけあり道の途中には沢山の石油井が凄い密度で存在する。

  

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カスピ海沿いを走ると井戸だけでなく海洋掘削リグも見えてくる。

 

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首都バクーから離れると建物が段々と無くなり荒野が広がる。

ただ, ところどころに工場など産業施設が建てられている。


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ゴブスタンに到着。

ここで泥火山への行き方が分からなくなり地元のタクシードライバーに道順を尋ねる。

 

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泥火山への道のりは完全なるオフロード

ガタガタと揺れる道を数十分走り続ける。

周りは荒々しい自然の広がるなかなかの景色。

 

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到着した山の頂上には泥が岩から湧き出ている

アゼルバイジャンには地球に存在する泥火山の半分程度が集中している国。

たまに自然災害並みの巨大な炎を噴き上げる事もあるそうだ。

泥火山はよくも悪くもこの国の名物である。

ちなみに泥火山は地表面上だけでなく周辺カスピ海地域の海底面下にも存在している。

また拝火教の生まれた地域でもあるのだが, このような自然環境と無関係ではないだろう。

 

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岩に囲まれた小さな火口には泥がたまっていて中からガスが出てきているのかコポコポと大きな泡のようなものを作っては消えていく

外に出た泥は時間とともに固まっていくようだ。

 

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荒々しい乾いた大地。

 

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傍にある池からも天然ガスが湧き出ているようだ。

そして, ゴブスタンの博物館へと移動する。 

入場料を支払って博物館の中へ。

 

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ゴブスタンは戦士舞踏隊商など先史時代の様子が壁画として残されている場所だ。

 

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ゴブスタンの壁画と奇岩。

 

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この日は平日。

学校として来ているのか, 小中学生も沢山見学に来ていた。

 

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再びカスピ海をを眺めながらバクーへと戻っていく。

 

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新旧の街並みが入り混じったバクーの光景。

 

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バクーを通り過ぎてアブシェロン半島の先端方向へと進む。

 

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スラハニという地域にある拝火教寺院へとやってきた。

ドライバーいわくかつてはこの国にもゾロアスター教徒がいたそうだが, 今ではイスラムシーア派が主で観光以上の意味を持って訪れる現地の人はいないそう。

 

しかしながら, インドなどには一部ゾロアスター教徒が残っており(ペルシャにいた教徒がインドへと移動していった)彼らはよく見にここへやってくるのだそうだ。

ちなみにインドで有名なタタ財閥はこの系統である。

 

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太古の昔よりガスが地下から発生して燃え続けている場所

今回は訪れなかったが, 現在も実在していて訪問する事ができる。

 

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この後地元の人の暮らしが見たくてドライバーの家に連れて行って貰った。

家は丘の上にあって丘の斜面に沿って一軒家や集合住宅が建ち並ぶ団地のような場所。

そんな生活感溢れる地域にも石油井が日常風景に溶け込んでいるのが面白いところでもある。

 

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現地の人にとってはなじみ深いアゼルチャイでおもてなしして貰った。

ちょっとした現地のお菓子と一緒に飲むのがアゼル流だ。

父親と息子二人, そして孫と三世代にわたって一緒に住んでいる。

そして家畜の鶏とペットの犬も一緒だ。

 

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犬はイスラム圏では忌避されていて中東ではほとんど見かけないだけに意外であった。

ソ連時代の長かった事による宗教色の薄れがなすものだろうか。

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地下からガスが出てくる泥火山アゼルバイジャン国内で進められる油ガス田開発, そして拝火教ことゾロアスター教,

これらアゼルバイジャンという国を特徴づける存在は偶然ではなくすべてこの地域の地球環境が生み出した当然の帰結なのであった。